家政婦、不幸な嫁コブラさんの死刑判決取り消しを求めます!


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コブラさんは生き残るべきです! 
 おそらく不幸な嫁の事を多くのイタリア民衆、特にローマ住民が知っているのではないかと思います。またとあるローマの道の名前になったり、毎年と集会が行われているようです。不幸な嫁はイラン女性のコブラ.ラハマンプールさん(現27歳)の事を指しています。3年ほど前の事ですが、イタリアの新聞、ラジオで取り上げたり、15万人余りの署名が集められました。コブラさんは逮捕されて今年では9年目になりますが、家族の希望として新たに釈放を求める呼びかけが行われています。実際この件について日本でもイラン大使館前での要請行動が行われていますが、最近の動きを期にコブラさんの事をここで取上げようと思います。以下コブラさんの紹介と死刑判決に至るまでの事件の経緯です。
 コブラさんは9年前から刑務所に閉じ込められています。容疑は姑を刺した事ですが、事件は自己防衛だったのではないのかって事も言われています。当時のコブラさんは18歳と言う事になりますが、事件の背景にはいったい何があったのでしょうか。
 長女であり、勉強が優秀だったコブラさんは大学を目指して頑張っていました。しかし、不幸は突然と訪れて来ます。建築関係の仕事をしていた父親は足場から落ちて腰の骨を折ってしまい、仕事が出来なくなります。貧しい家庭であり、弟が足の障害を持っているコブラさんは父親の怪我でますます苦しい状況に陥ってしまいました。一家の希望は長女のコブラさんに寄せられます。そんな悩ましい状況の中で、知人の紹介でコブラさんはとある資産家の所へ家政婦として通うようになりました。思いやりがあったコブラさんは家族のために自分の望み(大学行き)を捨てて仕事のため毎日長い距離を通っていました。しかし、ここから懸命な若き彼女を最悪の不幸が訪れます。
 とある日の事です。コブラさんは通常よりも早めに帰家します。悲しい娘の異変に気付いた母親は事情を訪れます。泣き崩れていたコブラさんは母親に事実関係を明かします。コブラさんは家政婦先の父親にあたる男性にレープされていました!
 事情を知ったコブラさんの父親は怒りいっぱいで相手男性を訴えようと決意します。しかし、コブラさん帰家後に間もなくして相手男性と母親が共に尋ねて来ます。コブラさんの両親は激しく反発します。しかし、相手男性と母親が泣きながら誤って、訴えを起こさないように頼みます。苦難な状況に置かれていたコブラさんの両親はかなり参ってしまいます。若き娘がレープされている以上は社会から汚れ者扱いされり事を心配していたからです。さらに、女性であり、このようなレープ事件の場合は法律にもあまり期待出来ないって知っていたからです。
 結果的には結婚するしかないと言う事ですが、追い詰められたコブラさんは自分の父親よりも年上であった相手男性との結婚に応じてしまいます。しかし、彼女にとってこの結婚は新たな苦痛のはじまりに過ぎなかったのです。コブラさんの話によると、結婚後しばらくして姑の苦ってな暴言がはじまり、この状況は毎日のように続ていました。夫となった相手男性も母親の見方をしたり暴力を振るう場合もありました。コブラさんはそれまで何度も実家に戻る事もありましたが、繰り返し夫に戻されていました。 こんな姑とのやり取りが続いていたある日の事です。母親とのケンカを見ていた夫は怒り出してコブラさんを実家へ戻そうとします。しかしその途中で、夫と別れた後、疲れ果てていたコブラさんは実家ではなく、姑に謝ろうとしてもう一度戻る事にします。だが、家に戻ったコブラさんを迎えていたのはナイフを手にしていた姑で、コブラさんを追い出そうとしていました。コブラさんは身を守ろうとしますが、そのような中で、残念なことにナイフが姑に刺されて後に死亡の原因となります。
 <目には目、歯には歯>、と言う古きルールを元にしているイスラム政権はコブラさんに対して死刑判決を出します。しかし、どんな面から見てもコブラさんは犠牲者に過ぎません。こんな主張に関しては、激しい格差社会の上に深刻な女性差別とか、レープされながら法律上は権利が確保されていない問題や、事件は事故であり自己防衛であった事などの問題を取り挙げる事は出来ます。イスラム政権の死刑問題と、国際法律からかけ離れている宗教的なルールにはこれまでさんざんと言われています。このような問題はコブラさんだけではなくイラン女性すべての問題であります。イスラム政権の女性差別・性的アパルトヘイトと死刑問題に対してイラン民衆・世界中はウンザリしています。
 数日前の事ですが、コブラさんの両親はWPIの<反処刑制度部会>の委員長ミーナ.アハディさんと連絡を取り、国際的な呼びかけを訴えています。あの悲しい事件の後に家族の状況はますます不安定になり、唯一の生きる望みである娘が9年に渡って刑務所に閉じ込められているからです。事実、イスラム政権は二度に渡ってコブラさんの死刑を執行しようとしました。だが、国際キャンペーンの圧力によってその執行は中止になりました(当時、国内で国連事務所前に集まっていた人々の20名が逮捕される事件もありました)。その意味でイランではコブラさんの件は死刑制度廃止のシンボルになっています。コブラさんの今の状況は曖昧なままです。
 現在コブラさんの両親は国外のメディアとインタビューをしたり、人道機関に娘の釈放を訴えています。WPI(イラン労働者共産党)はこの両親の懸命な訴えと闘いを支持すると共に、多くの方にイラン政権と人道機関に要請を行うよう呼び掛けています。(ちなみに、相手家族では娘一人以外にコブラさんの死刑を望んでいません)
以下コブラさんのホームページと電子署名です。支持と支援を宜しくお願い致します!

WPIー反処刑制度部会ポームページ
http://www.adpi.net/

これまで多くの方を死刑から救いだしているミーナ.アハディさんです。

コブラさんの電子署名
http://www.petitiononline.com/kobra/petition.html
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